Special Interview コロナ禍における『暮らしの不調』に漢方を活かす ~暮らしの不調の実態調査が示す漢方の役割~

木村 容子 先生 東京女子医科大学附属東洋医学研究所 所長/教授

お茶の水女子大学を卒業後、中央官庁入省(国家公務員1種)

英国Oxford大学大学院 修士課程修了

  • 2000年 東海大学医学部(学士入学)卒業
  • 2002年 東京女子医科大学附属東洋医学研究所 助教
  • 2007年 同研究所 講師
  • 2008年 同研究所 副所長
  • 2010年 同研究所 准教授
  • 2019年 同研究所 所長/教授

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミック下において、われわれの生活環境は急激に変化している。そして、生活環境の変化に伴う生活様式の大きな変化がもたらした、従来とは異なる様々な不調を抱えながら生きるわれわれに、今何が必要なのだろうか。

クラシエ薬品株式会社は、パンデミック下における生活様式の変化に伴う「暮らしの不調」に関する実態調査※注を実施し、その結果を公表した。
そこで、企画段階から本調査を監修されている東京女子医科大学附属東洋医学研究所の木村容子先生に、本調査の概要をご紹介いただきながら、調査結果をどのように読み解き、日々の診療に漢方をどう活かすかを解説していただいた。

Ⅰ 急激な環境変化に伴う「暮らしの不調」

コロナ禍はわれわれの生活に多くの変化をもたらしました。

本調査ではまず、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナと略)のパンデミック下における「生活の変化」についてお聞きしています。その結果、生活が変わった(「大きく変わった」+「変わった」)と回答された方は61.3%もいらっしゃいました。

変化が大きかった項目として、「ワークバランスの悪化」「睡眠の質の低下」「運動量の減少」などが挙げられていますが、特に「日常生活で不安を感じる」(「強く不安を感じる」+「少し不安を感じる」)が73.8%と高率でした。コロナ禍において多くの方が、それぞれが置かれている環境の急激な変化に戸惑いながら、どのように対処したらよいかがわからない、という状況が如実に反映された結果でした。

多くの方が様々な不調を訴えられています。

本調査では、調査対象者が実際にどのような不調を抱えているかをお聞きしています。

その結果を見ると、「目の疲れ・かすみ」「肩こり」などテレワークに伴う症状や「疲れやすくなった」「体がだるい」といった身体的な不調の訴えが高率にみられました。また、「やる気が起こらない」「気分が落ち込む」「いらいらしやすい」「眠れない・寝つきが悪い」などの精神面での不調を抱えている方が多いことも示されました。

しかも興味深いことに、性別・年代別に層別集計してみると20~30歳代の若年層に不調を訴える方が多い傾向がみられました。

『黄帝内経素問』には成長・老化に関係の深い腎は女性 28歳、男性 32歳をピークに徐々に衰えると記されています。調査前は、加齢に伴って不調を訴える方の割合が増加することが予想されたのですが、むしろ逆の結果でした。この点については、当院の外来でも最近は若い患者さんが不調を訴えて受診されるケースが増加している傾向があり、まさにその状況を裏付ける結果でした。

本調査では、不調はコロナ前から自覚していたかどうかについても伺っていますが、大半の不調はコロナ後に顕在化あるいは悪化したことが示されています。

以上の結果から、コロナ禍において多くの方が何らかの不調を抱えていることが明らかとなりました。しかも、身体的な不調だけでなく精神的な不調も訴えているというように、不調は心身全体に多岐に及んでいることが明らかにされました。

若年層に不調の訴えが多いのはなぜですか。

若い人たちは元気でエネルギーに充ちています。しかし、元気で気が充実しているからこそ気の巡りが悪くなると不調が現れやすくなると考えられます。生活の変化において「日常生活で不安を感じる」が高率だったことからも明らかなように、コロナ禍の長期化が“巡りの悪さ”を引き起こしています。そして、気を活用できなくなることが不調の現れにもつながっていると思います。

養生は、食事と睡眠で気を補い、運動で気を巡らせることが基本ですが、調査結果では睡眠の質が低下し、運動量が減少したことが示されており、それが巡りの悪さにつながっていると思います。

Ⅱ 漢方的に考える「暮らしの不調」

漢方的にみても巡りの悪さが顕著です。

「暮らしの不調」を漢方的に考察するために、調査した不調の項目から気血水の6つの病態(気虚、気うつ、気逆、血虚、瘀血、水毒)を集計してみました。結果を見ていただくと「気うつ」「瘀血」の割合が高く、巡りの悪さが目立っています。

さらに、それぞれの病態を性別・年代別に分けて見ると、気うつは男性・女性ともに若年層に高率にみられる傾向があります。

また、瘀血は男性にも高率にみられています。これは、「腰痛」「肩こり」といった症状が大きく影響しているように思います。

コロナ禍における巡りの悪さをどのように捉えるとよいですか。

コロナ禍における巡りの悪さをご理解いただくため、気血水で考えるコロナ禍での巡りの悪さを図8に示します。

たとえば、気うつでは「心」の症状(未知の感染症の不安、不眠、抑うつ傾向、など)と、「身」の症状(喉のつまり感、便秘・腹満、頭の違和感、など)が現れます。このように“巡りの悪さ”によって心身ともに何らかの症状が現れます。しかも、コロナ禍という強いストレスに曝されている状況が長く続いていることから、気の巡りはより悪くなり、それが心身に大きな影響を及ぼしています。

たとえば、調査項目でも高率に訴えがあった「疲れやすくなった」を例に考えてみるとわかりやすいと思います。『黄帝内経素問』に「邪之所湊 其気必虚」(邪が集まるところ、その気必ず虚す)と記されています。つまり、コロナ禍というストレスにより気が停滞した病態を“邪之所湊”と捉えると、気うつの病態からも正気の虚を引き起こしうると考えられるということです。

本来、気虚は気が減少した状態であり、気うつは気がうっ滞した状態ですが、気が巡らないために身体の隅々にまで気が行き届かないことで起こる気虚症状があります。また、気虚で気が少ないために気持ちが一杯一杯になってしまい、心に余裕がないために起こる気うつもあります。

もう一歩踏み込んだ問いかけをすることが必要ですね。

患者さんが「疲れやすくなった」とおっしゃったときに、それは患者さんがどのような状態で自覚されているのかを、一歩踏み込んでお聞きする必要があります。本来の気虚であれば治療は人参養栄湯や補中益気湯などの参耆剤による補気でよいのですが、気うつからくる気虚であれば補気に加えて理気が必要となるからです。

私の外来でも、日々迷い悩みながら生活を送られる中で様々な不調を抱えている患者さんの中には、補気剤に半夏厚朴湯などの理気薬を追加することで補気剤の効果が高まった方がいらっしゃいます。また、気虚から気うつになっている患者さんでは、十全大補湯で補気したことで抑うつ気分が改善した場合もあります。

ですから、患者さんから不安感やイライラ感の訴えがあったら、「それはどのようなときに自覚しますか?」と踏み込んだ問いかけが必要です。「夕方になると疲れてイライラしたり不安になったりします」とおっしゃれば、それはイライラや不安の原因は疲れなので、補気の治療が必要になります。このように、自覚症状だけでなく、その症状が起こった患者さんの背景も大切であると考えます。

巡りの悪さにも様々な背景があります。

コロナ禍ではそれぞれの人が置かれている環境は大きく変化しています。お仕事だけを見ても、コロナ禍で超多忙になった業種もある一方で、まったく逆の業種もあります。ですから、それぞれの患者さんがどのような環境下で、どのような状況において不調を自覚されるのかをお聞きし、より細やかに対応することが求められると思います。本調査でも調査対象者が置かれている環境によって、不調の現れ方が様々であることがわかります。

その点で漢方は“個の医療”ですから、このような状況においては漢方の良さを活かすことができるのではないかと思います。不安感と一言で言っても、それがどのような背景で症状に現れているのかがわかれば、その人に合った適切な治療ができるという利点が漢方にはあります。

本調査には反映されないご高齢の方にはどのような傾向がありますか。

定期的に通院されていた80~90歳代の元気な方が、外出の機会が極端に低下したことでフレイルの進行が急加速したという患者さんを多数経験しています。さらに、人との関わりなど外部から受ける刺激が減少することで、それが物忘れなどの認知機能にも影響しています。運動機能も認知機能も腎に関係しますから、コロナ禍において高齢者は腎が衰えていることを実感しています。

介護施設に勤務されている患者さんに伺うと、「今までお元気だった方が、手がかかることが多くなった」とおっしゃいます。単に肉体的な衰えだけでなく、精神的な衰えも非常に大きく、今までなら当たり前にできたことができなくなっているということだと思います。

Ⅲ 暮らしの不調と受診行動の実際

不調があっても主治医/かかりつけ医に相談していない方が多くいらっしゃいます。

多くの方が何らかの不調をお持ちであることがわかりましたが、「最もつらい不調について、主治医/かかりつけ医に相談しましたか?」の質問に対して「相談した」が37.2%と低く、「相談しなかった、しようとも思わなかった」が高いという結果でした。

また、「受診の目的とは異なる不調について、主治医/かかりつけ医に相談していますか?」の質問に対して「相談していない、できていない」が35.7%でしたが、相談していないという方の約半数(50.1%)は「相談したい」とのご意向をお持ちでした。さらに医師から「日常的に感じている身体の不調などお困りのことはありませんか?」と医師から聞き取りの後押しがあれば大半の方が「相談したいと思う」とおっしゃっています。

実際に、患者さんからは医師がほしい情報や治療の参考になるような情報のすべてが提供されるとは限りません。また、患者さんご自身も医師に対して「こんなことを言っていいのかな?」というためらいや遠慮もあると思います。しかし、漢方治療において無駄な情報はありません。たとえわずかな不調でも医師にきちんと伝えていただくように、「他に何か気になる症状はないですか?」と患者さんに問いかけることが非常に大切だと思います。

環境に変化があれば身体にも何らかの変化は現れますし、その変化は患者さん個々で異なります。ですから、医師から“何か不調はないですか”とお聞きすることで、それが引き出されれば、たとえばその方の巡りの悪さの背景に何があるかがわかり、適切な治療につながると思います。

漢方治療では「心身一如」の考え方を基本に、心身全体の調和を整えることを目標としています。私は患者さんにこの考え方が治療の基本にあることをきちんと説明しています。そうすると患者さんはいろいろな症状を訴えてこられます。

患者さんは受診の目的とは異なるいろいろな症状も訴えられるのではありませんか。

確かに聞き取りの後押しをすると、患者さんは主訴と関係のない症状などもいろいろ訴えてこられると思いますが、漢方では心身のアンバランスを治すことを目的としていますので、主訴と関係のない情報でも治療においてとても有益になることがあります。

たとえば、喘息の治療中で症状が悪化しているときに、「便秘をしていませんか?」とお聞きすると「実は最近便秘をしています」ということがあります。西洋医学的には呼吸器と消化器とでまったく関係がないと位置づけられますが、漢方における五臓六腑の「肺」と「大腸」の関係で考えれば喘息治療において便通の状態は非常に有益な情報になります。

漢方は心と身体は一体という「心身一如」の考えに基づいていますから、心と身体を切り離すことはできません。さらに漢方治療は身体全体の調和を図りますから、患者さんが訴える様々な症状のすべてが貴重な情報になります。

訴えを聞かれる医師では対処できない場合もあると思います。

もちろん、私自身も患者さんのすべての訴えに応えられるわけではありません。より専門的な西洋医学の治療が必要な場合には、専門医へ紹介しています。患者さんご自身も不調のすべてを受診した医師で解決できる、とは思っていないようで、自分の不調や苦痛に対して、どのように対処すべきであるのか相談したい、という思いがあるのではないでしょうか。

漢方治療は、患者さんがご自身の症状を適切に把握することから始まりますので、患者さんとの二人三脚の治療ともいえます。患者さんの種々の訴えから治療のヒントが得られることが多くあるだけでなく、症状の変化を都度外来でお聞きし、患者さんのわずかな変化を把握することで早めの対処が可能となります。また、ご自身の状態をきちんと医師に伝えることは、患者さんご自身のセルフケアにもつながります。

ちょっとした不調は未病と捉えることもできると思います。

本調査では、主治医/かかりつけ医に相談しなかった方にその理由をお聞きしていますが、「病院に行くほどではなく、自分で何とか対処できると思った」と思われている方が33.3%もいらっしゃいました。

さほどの苦痛ではないため、ご自身で対処しようと思われたのでしょう。しかし、この状態こそがまさに未病の段階なのです。

患者さんはわずかな不調があっても、それは気のせい、歳のせいと受け流してしまうことがありますし、ご自身で対処できる程度と軽く受け止めていらっしゃることも多くあります。しかし、たとえわずかではあっても何らかの不調があるということは気血水のバランスが乱れていることを身体がサインとして発しているのです。

病気になる前に身体からは何らかのサインが必ず発せられますから、患者さんには「必ず何らかのサインが出てくるからちゃんと受け止めるようにしましょう」とお話ししています。

しかも、そのサインが不調として続くようなら治療が必要な場合もあります。早期に介入することは大病に至らない、あるいは健康維持においても非常に大切なことです。

漢方は未病の段階から介入することができる利点があるため、暮らしの不調に対しても細やかな対応をすることができると思います。

Ⅳ 暮らしの不調と漢方

不調に対して多くの方が漢方薬の服用意向を示しています。

本調査ではご自身の不調に対する漢方薬の服用意向についても調査していますが、「ご自身の不調に対して漢方薬を服用したいと思う」が65.0%でした。さらに、不調に対して医師から漢方薬を勧められたら「医師の勧めに従う」と回答された方が82.2%もいらっしゃいました。

つまり、漢方治療を受け入れていただく素地は十分にあることが示されています。

患者さんは健康な生活のための助言や指導を望んでいます。

かかりつけ医/主治医に期待することについてお聞きしたところ、「健康な生活のための助言や指導」を希望されている割合が33.7%と最も高いという結果でした。これは、まさしく養生指導をご希望されているということだと思います。また、「自分の病歴の把握」が25.9%もありましたが、主訴だけではなく心身全体を把握してほしいということです。この結果は、まさしく「心身一如」を基本とする漢方の考え方を求めておられることにつながります。

養生の指導も重要になります。

冒頭にご紹介した「生活の変化」の調査結果において食事回数についてもお聞きしていますが、若年層で減少している傾向がみられました。本来は一日に3食をしっかりとっていただくことが基本で、私も以前は一日3食をきちんと食べるように指導していましたが、コロナ禍で日々の活動が制限されるようになり、以前のような食生活ではむしろ胃腸の負担になっていることが考えられる方もいらっしゃいます。

気は胃腸で作られますので、気を補うには食事は重要です。しかし、食事量は多ければよいというものではなく、活動量に見合った食事が大切です。活動量が低下しているにもかかわらず以前と同量の食事をとり続けることで、かえって胃腸の負担となり、気の損失につながることがあります。

たとえば、コロナ禍で活動量が減っている方には、空腹感を感じる時間を作るために、これまでの一日3食から2食にしていただくことで、体調が良くなることがあります。時代に合った臨機応変の養生の指導が求められます。

2022年度の診療報酬改定でリフィル処方箋の導入が注目されています。

たとえば、高血圧の患者さんなら同じ降圧薬を長期間継続処方されるようなケースは多いと思いますから、リフィル処方箋導入のメリットは大きいと思います。しかし、漢方治療は医師と患者さんとの二人三脚で、その時々の患者さんの状態に応じた治療をしますから、漢方治療を組み入れている患者さんにはリフィル処方箋は馴染まないかもしれません。

なぜなら、漢方では、人は自然と調和しながら変化していく生き物であり、また、内因である感情、外因である季節、その他、寝不足や過労、不摂生などの不内外因によって心身は影響を受けると考えます。患者さんの心身の状態は変化することが前提となっており、その状況に合わせて治療をします。すなわち、患者さんの「証」は変化するものであり、証に随って治療(随証治療)をします。

言うまでもなく、患者さんの身体は季節によって変化するため、たとえば寒い冬場に身体を温める漢方薬を処方されていた場合、春になって暖かくなるとその漢方薬が必要なくなることが、しばしばあります。また、花粉症治療では、寒い春先のスギ花粉症には肺を温める甘草乾姜湯を含む小青竜湯だけで症状が落ち着いていても、暖かくなってヒノキ花粉症が流行る頃に症状が悪化する場合には、石膏類の清熱薬を少し加えた方がよいこともあり、季節に応じた処方の調節が必要となります。

読者の諸先生に本調査結果をどのように読み解いていただくと良いですか。

本調査はあくまでもマスで捉えていますから、結果をご覧になられる先生の地域、環境に置き換えていただき、診療されている患者さんがどのような状況にあり、どのように治療すればよいのかということをお考えいただくための資料にしていただければよいと思います。

コロナ禍が長期化しつつある現状において、誰もが日々の暮らしの中で“気”を付けていらっしゃいます。もちろん、気を付けることは必要ですが、気は免疫力にも関与しますので、気の使い過ぎは免疫力の低下にもつながってしまいますから、適切に気を使い、気を付けることが大切です。

コロナ禍というとてつもなく大きな環境の変化は、心身に影響を及ぼして不調の原因になります。しかし、その不調の現れ方は各患者さんで異なります。臨床では、まずは巡りが悪くなり、その後、虚になるという傾向がありましたが、今回の調査からもその傾向がみられました。

漢方治療を受け入れられる素地は十分にあることは本調査からも明らかです。読者の先生方には、是非、このアンケート結果をご活用いただき、コロナ禍で多くの不調を抱えておられる患者さんの治療にお役に立てていただければ幸いです。

取材:株式会社メディカルパブリッシャー 編集部
写真:山下裕之
取材日:2022年2月25日