
はじめに
月経随伴症状は月経周期に関連して起こる疼痛、倦怠感、むくみなどの心身の症状で、月経困難症や月経前症候群(premenstrual syndrome: PMS)に大別され、月経困難症とPMSの両方の症状がある場合にはひと月のうち多くの日をつらい症状に悩まされることとなり、QOL低下の一因となる。
インターネット調査によるとわが国で月経随伴症状に悩む女性は74%[1]に及び、多くの女性が月経関連の不調を抱えていることになる。
薬物療法としてはホルモン療法、対症療法、漢方療法などがあるが、今回漢方治療を希望して来院した月経随伴症状を訴える患者に対し当帰芍薬散を中心に投与し奏効した3症例を紹介する。
症例 1 36歳 妊娠-1、分娩-1
【主訴】 生理痛、生理中のめまい
【既往歴】 特記すべきことなし
【現病歴】 3〜4年前から生理痛がひどくなり、婦人科から低用量ピルを処方してもらったが、だるさが出現して6ヵ月ほどでやめた。生理痛は初日から2日目までが辛いが、鎮痛剤は飲まないようにしている。生理数日前よりむくみが出やすく、生理初日より、めまいが出やすくなり、立ちくらみも多くなるという。セロリは好きな方である。
【現症】 154cm、44kg。血圧126/78。婦人科的診察では、子宮はほぼ正常大で、子宮前壁と後壁にそれぞれ20mm大、13mm大の漿膜下筋腫がある。内診痛は少々のみ、癒着はない。性交時痛なし、排便時痛なし、子宮内膜症の可能性は薄いと思われる。腹力2/5、胸脇苦満・心下部痛ともになし、臍傍部圧痛左右とも(+)、脈やや浮、中。舌は静脈怒張やや(+)、歯痕(+)、薄白苔(+)
【処方】 虚証の瘀血、水毒を目標にクラシエ当帰芍薬散6g、2×v
【経過】 2週後(生理終了して3日後)に来院。生理前の浮腫はかなり緩和されたが、生理痛はあまり変化はない。
6週後、浮腫はほぼなく、生理痛も5/10程度に低減した。服薬回数も朝夕2回でいいので、飲み忘れがないとのこと。
症例 2 16歳 妊娠-0、分娩-0
【主訴】 生理痛、月経前症候群(PMS)
【既往歴】 特記すべきことなし
【現病歴】 初潮は10歳だが、12歳頃から生理痛が顕著になり、鎮痛剤(イブプロフェン)で対処していた。初日から2日目がつらく、計6回ほど服用する。生理数日前よりだるさが出現し、前日には下腹痛、嘔気が出ることがあり、たまには嘔吐する。生理3〜4日前から便秘になる。食後に眠気を来しやすく、ちょっとした音にびっくりする方である。どちらというと冷え性である。
【現症】 155cm、46kg。血圧118/72。経腹超音波検査では子宮に異常はない。卵巣は腸管に埋もれて判然としない。腹力2/5、臍傍部圧痛両側(+)。脈沈弱。小腹急結(+)。季肋部圧痛(−)。舌は薄白苔、静脈怒張(+)、やや歯痕(+)。
【処方】 虚証の瘀血と気虚により、クラシエ当帰芍薬散6g、2×v、クラシエ補中益気湯7.5g、2×v、下腹痛時にロキソプロフェンを頓用。
【経過】 所定の日数後にキチンと来院せず、1ヵ月分を2ヵ月以上かけて服用する状態で、当初は症状も一進一退だったが、ほぼ1年後には下腹痛は概ね初日のみになり、ロキソプロフェンの服用も2〜3錠になった。生理前のだるさはやはりあるが、気にならなくなった。嘔気、嘔吐はなくなり、冷えも以前よりよくなった感じがするとのこと。
症例 3 41歳 妊娠−3、分娩−2
【主訴】 PMS(めまい、耳鳴り、浮腫)、生理痛
【既往歴】 特記すべきことなし
【現病歴】 数年前から生理前にめまい、耳鳴りが出現し、むくみが出て体重が2kgほど増える。生理初日頃からだんだん症状はなくなる。生理痛はあるが、ひどくはないので、PMSの治療を希望。
【現症】 168cm、58kg。血圧119/75。腹力3/5、臍傍部圧痛両側(+)だが、左側が強い。小腹急結が少々あるが、便秘はない。季肋部圧痛(−)、心下部痛少々(+)。舌は表面に白苔はあるが厚くはない。静脈怒張(+)、歯痕(+)。頸骨粗面に指圧痕を生じる。
【処方】 虚証の瘀血と気虚により、クラシエ当帰芍薬散6g、2×v、水毒に対して後にクラシエ五苓散6g、2×v、併用。
【経過】 当初、当帰芍薬散で8週間様子を見たが、めまい、むくみは幾分緩和されたものの、耳鳴りはほぼ変わらず、十分に効果のある感じはしないという。五苓散を処方後、1ヵ月程で、めまい、むくみは3/10程度に緩和された。耳鳴りは大きく低減はしないが、飲まないよりはよいようだという。
その後、断続的に来院、同処方を継続中であるが、以前にあった生理痛もほとんどなくなり、全体的に生理が軽く楽になった。
治療期間中、いずれの症例も薬剤に起因すると思われる副作用は認められなかった。
考察
当帰芍薬散の原典は張仲景『金匱要略』で、婦人妊娠病脈証并治第二十に、「婦人懐娠、腹中㽲痛するは、当帰芍薬散之を主どる」とあり、また婦人妊娠病脈証并治第二十二に、「婦人の腹中の疾痛は当帰芍薬散之を主どる」とある。すなわち妊娠中あるいは妊娠中でなくても、女性の腹痛には当帰芍薬散を処方する、ということである。
構成生薬は、当帰、芍薬、川芎、白朮、茯苓、沢瀉の6味であるが、前の3味は四物湯から地黄を除いたものであり、後の3味は五苓散から、桂皮、猪苓を除いた構成となっている。

このことから、血虚と水毒の証に適応のあることがわかる。すなわち、腹痛のみならず、冷え症、浮腫、頭痛、めまい、嘔気、嘔吐など幅広い症状に応用可能な方剤である。さらに当帰、川芎が血を治すことから、瘀血に関わる月経不順、月経困難症、月経前症候群、不妊症の他、月経周期に沿う様々な症状に適応がある。婦人科における頻用漢方薬に挙げられる所以である。
症例1は、当帰芍薬散1剤にて効果があったが、もし効果が不十分で水毒の症状が明らかであれば、症例3のように、五苓散の追加を考えるところであった。当帰はセリ科であり、セロリも同様であるから、当帰芍薬散が適応と思われる場合には、セロリが好きかどうか聞くことにしている。
症例2では、月経前のだるさに加えて、食後の眠気や驚きやすさもあったことから補中益気湯を併用したが、補中益気湯は気虚を治す方剤であり、津田玄仙の八つの口訣が有名である。すなわち、①手足倦怠、②語言軽微、③眼勢無力、④口中生白沫、⑤食失味、⑥好熱湯、⑦当臍動気、⑧脈散大無力であるが、手足の倦怠は全身倦怠感でもよい。「倦怠感」の他に寺澤の気虚スコア中の「食後の眠気」「易驚性」があれば、筆者は補中益気湯を処方することが多い。
気血水の異常が疾病を起こすのであれば、当帰芍薬散と補中益気湯の組み合わせは、まさに気血水の全てを調整する方剤となっているといえる。血と水の異常は、背景に気の不調があることが多く、気虚、気鬱などがあれば、気剤を併用した方が治療効果が上がることがある。
症例3では、これは本来の五苓散が適応となる症状に対しては、桂皮、猪苓が欠けている分、当帰芍薬散のみでは効果が弱い場合があるため、駆水作用を増強する目的で五苓散を併用したものである。
五苓散は、口渇、尿量減少、浮腫が目標となり、臨床的には水毒の症状、すなわち頭痛、めまい、嘔気・嘔吐、下痢などに頻用される。また、気圧の低下や降雨などが原因となる「気象病」にもファーストチョイスとなり得る。
今回、月経困難症やPMSで疼痛やめまいなどの症状を訴えた症例に当帰芍薬散を投与した3症例を報告した。当帰芍薬散のみで効果が認められるものもあるが、めまいなどの水毒症状が強い場合や倦怠感などの気虚症状がある場合は五苓散や補中益気湯の併用が有用であると考えられる。
参考文献
- Tanaka E,et al.: Burden of menstrual symptoms in Japanese women-an analysis of medical care-seeking behavior from a survey‒based study. Int J Womens Health 6: 11-23, 2013