
はじめに
全国的に新型コロナウイルスが蔓延し、それにより生活様式や社会構造の変化が私たちの生活に大きな影響を与え続けている。近年、発達障害ではないか? との主訴で患者さんが多く受診している。実際「発達特性」を持った方が学校や会社、社会生活で困り、抑うつ状態、不安、不眠で受診することもあり、急激な社会変化に影響を受けた方が一定数存在する。
一口に「発達障害(神経発達症群)[1]」といっても様々な分類があり、臨床では大きく「自閉スペクトラム症」「注意欠陥多動性障害」「限局性学習症」の3つに分けて考えることができる。その中で「自閉スペクトラム症」のコミュニケーションやこだわりの問題が今まで顕在化してこなかった人が、生活や社会環境の変化で問題として出てくることも多い。
今回、実際に環境変化に適応できなくなり受診し、半夏厚朴湯の錠剤が有効であった例を示したい。
症例1 36歳 男性
【診断】 抑うつ状態 自閉スペクトラム症
同胞2名第1子長男。父親は大手企業で働いていたが途中で退職しギャンブル、アルコール依存症となり10年前に他界している。進学するためにバイトをしなければならなくなり、大学卒業までは学費を自分で稼がない人を見下していた。真面目で言われたことをきちんと遂行するため学生時代のバイト先では信頼が厚く、卒業後も6年間勤め店長をしていた。しかし、バイトだけでは将来心配だったので司法試験を受けるため法律事務所に転職した。そこでも雑務を完璧にこなしていたが周りの人はなぜきちんと業務を行わないか疑問だった。
いよいよ司法関連の試験が近づいてきたが新型コロナウイルスの影響で試験日が変更され、日中は業務し夜は試験勉強という日が半年単位で延長された。そのため仕事にミスが出ないよう過度に仕事を抱え込むことが多くなり上司からの指摘が多くなった。そのことが自分が責められていると感じ、仕事中に息が苦しくなる、眠れなくなるなど出現し当院に初診した。
初診に至るまでの経過を記載したメモを見ながら説明し「集中力が無く、ミスばかりして、人の話を聴いていないと言われる。これはネットで調べたら発達障害に当てはまると思うんです」と受診前にいろいろと調べてきた様子だった。今は過労によるストレスが症状の原因と説明し、喉の違和感、不眠、動悸にクラシエ半夏厚朴湯エキス錠 12錠/日を勧め内服を開始した。2週間ほどで改善傾向があったため「自分は疲れすぎていたのかもしれない」と自らの状態を客観的に見られるようになった。その後休養を受け入れ自らのことをもっと理解したいと通院をしている。
【発達に関する見立て】 家族歴として父親は依存症の既往があり負因として考えられる。本人は学業優秀であったが人付き合いがあまりなく、振り返ると学生時代自分と同じことができない人を本気で見下していたと語っている。バイト先での信頼が厚い理由は、言われたことを残業も厭わずなんの疑問もなくこなし、上司や仲間に対しても感情を出すことなく対等に接していたからかもしれない。他者への共感性は低いが社会人に至るまで深く人と関わることが無かったためか問題が顕在化しなかった。またルールや決められたことへのこだわりは自他ともできて当然であると考え、今回のように破綻した場合、他者に頼るという選択肢は考えられなかったようであった。回復後はこだわりが社会的信頼に繋がることが理解できたようであった。
症例2 38歳 男性
【診断】 双極性感情障害 コミュニケーション症
元々真面目な性格で専門学校を卒業し20歳から公務員として勤務をしている。定期的な異動があるたびに新しい環境や同僚に慣れるのに苦労していた。当院初診5年前に異動が原因で抑うつ状態となり、1年間ほど休職をしている。その時使用された抗うつ剤(SSRI)で軽躁状態となり、復職後重要な会議で冗談を言ったり周りに迷惑をかけるということがあった。主治医に伝えても処方は変わらなく、自ら断薬し動悸・発汗などとても強い離脱症状があった。その後は新しい部署に移る時、自分なりに焦らず慣れるように心がけていた。
しかし新型コロナウイルス流行により役所での業務が激増し、新年度4月から始まって1ヵ月以上ほぼ休みのない状態となった。担当部署でもあったため、他部署からの応援もしてもらっている自分が休むことができないと残業時間も大幅に超過していた。5月に入りミスが増えイライラすることが多くなった。8月になり息ができなくなり眠れないと当院を初診した。
すぐに休職するよう勧めたが、「大切な業務で休むことはできない」と頑なに休むことは拒否され、以前のエピソードから薬物療法も否定的だった。そこで息ができなくなり眠れないことに対して漢方薬があることを伝えると、漢方にもこのような症状に使えるものがあることを驚き、漢方だったらと快諾され、クラシエ半夏厚朴湯エキス錠 12錠/日を1週間内服してもらった。少し症状が軽減されたこともあってか、上司に受診のことを相談したらやはり休養が必要と言われ、自分の業務の申し送りを行い休職に入ることができた。
【発達に関する見立て】 症例1と同様、学生時代は高校の運動部で活躍し、真面目で目立たないようであった。社会人になり数年毎に部署が変更される環境となり、本人なりに環境変化に脆弱であると自覚し、なんとか適応しようとしていた。受診5年前に不調となり精神科を受診し「うつ病」と診断され治療中に抗うつ薬で軽躁状態となっている。恐らく感情表出が薄く出来事を淡々と語る印象だったので当時は気づかれなかったのかもしれない。コミュニケーションの問題で「複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的欠陥があること(DSM-5)」と診断基準の一つにあるように“対人的相互反応”は感情や情緒的な反応の乏しさとも言える。かみ砕いて言えば「辛さが伝わってこない」ようなイメージとなる。
なお、今回報告した2症例において、薬剤に起因すると考えられる副作用はなかった。
考察
一般的に「発達障害ではないか?」という主訴で来院される殆どの人が現在の生活環境や社会生活上の問題を抱えている場合が多く、精神科を受診する時点でかなりの問題があるという前提で診察を行っている。
発達特性を持つ人のなかで環境変化に適応することが難しい人がいるが、その中で変化に過剰に適応しようとするためさらに不適応となる場合が多く、コロナ禍の生活環境など大きく変化した場合、その中でなんとか適応しようとしてしまうため無理が生じやすいのかもしれない。
また、発達障害、特に自閉スペクトラム症の特性の一つとして感覚過敏があり、味覚・嗅覚・触覚などとても敏感、もしくは鈍感である場合がある。臨床的印象としてSSRIなどのうつ病や不安症に用いられる薬剤に対して発達特性のある場合、消化器症状などの副作用が強く出る方が多い印象を持っている。
またベンゾジアゼピン系薬剤の使用は近年減っているが、ADHDなど依存症に親和性の高い方に使用[2]することは避けたい。そういった方に漢方薬という選択肢は精神科や他の診療科でも有効であると考える。特に半夏厚朴湯の錠剤は1日12錠で1回4錠と他の錠剤の漢方薬より服用量が少なく、さらに細粒剤に比べ味覚など口腔内に入った時の違和感が少なくスムーズで飲みやすいという声も多い。
まとめ
今回、半夏厚朴湯の錠剤が有効であった発達障害がベースにあるうつ状態の2症例を提示した。漢方薬は患者さんの「証」など全身の状態を包括的に捉え処方するものである。発達障害の見立ては生育環境や家族との関係、受診に至るまでの人生の流れを同様に包括的に捉え、現時点での病態を理解する点で類似していると個人的には感じており、その中で半夏厚朴湯は文献によっては、古典にいう「咽中炙臠」にとらわれず、「咽中炙臠」を「身体の敏感な部分」の総称ととらえるとよいと書かれている。[3]
私見ではあるが精神的葛藤が身体症状に出ることの多い発達特性を持つ症例で半夏厚朴湯は広く使えるのではないかと思
われた。
参考文献
- 日本精神神経学会 精神科病名検討連絡会: DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版). 精神神経学雑誌 116: 429‒457, 2014
- 根來秀樹: ADHDにおいて依存・乱用リスクを高める精神医学的併存症や心理社会的要因は何か? 臨床精神薬理 22: 975-981, 2019
- 花輪壽彦: 漢方診療のレッスン. 金原出版: 406-407, 1995.