当院における漢方診療の実際 アンメットニーズを満たす漢方薬 -呼吸器疾患治療における人参養栄湯の可能性-

松阪市民病院 総括副院長 兼 呼吸器センター長 畑地 治 先生

(役職は2022年2月取材時)

  • 1991年 自治医科大学 医学部 卒業 / 三重県立総合塩浜病院 研修医(ローテート研修)
  • 1993年 紀南病院 内科
  • 1996年 紀和町立紀和診療所長
  • 1999年 三重大学医学部 呼吸器内科
  • 2003年 松阪市民病院 呼吸器科 科長
  • 2012年 松阪市民病院 呼吸器センター長

終戦後の混乱期における医療環境の整備が急務であった昭和21年に、内科、小児科、歯科、レントゲン科の4診療科で開業した松阪市民病院は、現在では三重県南部地域における医療の中核を担う病院の一つとして、地域医療に大きく貢献している。

2003年に同院の呼吸器内科に赴任された畑地治先生は、長年の地道な努力によって今や県内でも屈指の呼吸器センターを作り上げ、最先端の医療を提供する拠点として県内の呼吸器疾患診療を牽引している。

そこで今回は畑地先生に、呼吸器疾患における漢方薬の役割、特に人参養栄湯の可能性を中心に伺った。

最も信頼される呼吸器センターを目指して

私が当院の呼吸器内科に赴任した当時は、呼吸器内科医は私一人、呼吸器疾患の患者数もごくわずか、しかも専門的な医療機器も決して十分に備えられているとは言えない状況でした。

加えて、病院自体が経営危機に瀕している状況でもあり、とても呼吸器内科医としての専門性を活かすことができる環境ではありませんでした。しかし、私は“地域に埋もれたくない”との想いを抱きながら、“日本一の呼吸器センター”を目指そうと考えました。

そのためには地域から信頼されることが必要です。そして、地域の先生方に信頼していただくためには、人間的なコミュニケーションと確かな診療実績が不可欠です。

地域の先生方への挨拶回りはもちろんのこと、患者さんをご紹介いただいた先生には速やかに結果を報告すること、そして患者さんには専門性の高い最先端の医療を提供し続けること、学会での演題発表や論文発表も積極的に行うこと、などに取り組んできました。

現在、当院の呼吸器センターは私を含めて10名の呼吸器内科医と1名の呼吸器外科医で構成されており、東海地区でも有数の診療実績を誇っています。

専門性の高い医師の育成

私は、病院において大切なことは充実した設備ではなく、“人”であると思っています。現在呼吸器センターで活躍している呼吸器内科医の大半は私がリクルートした、高いモチベーションを持つ若手の医師です。

そして私の仕事は、専門性の高い医師の育成です。彼らが自由に好きな分野、強みを持つ分野で活躍することができることはもちろんのこと、自身の能力を最大限に発揮できるような環境づくりが必要になりますが、金銭面も含めて全面的に彼らをバックアップしています。

当院は、地域医療において重要な病院の一つに位置付けられていますが、地域医療にばかりに目が向いていては病院の発展はありません。専門性を高め、全国に向けて打って出たいというようなモチベーションの高い医師を育てることが必要であると思っています。

専門性ばかりを強調していると、地域医療を軽視しているのではないかと思われるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。

個々の医師が専門性を高めることによって、それがひいては地域医療の貢献にもつながるのです。逆に専門性が高くないと優秀な医師は集まってきませんし、結局は口先だけの地域医療になってしまいます。

疾患の啓発活動を通じて地域との信頼関係を構築

当センターでは疾患の啓発活動にも積極的に取り組んでいます。たとえば、松阪市の「COPD認知度向上プロジェクト」では、各地区の公民館での講演に加え、来場者には問診や呼吸機能検査なども行っています。

COPDは決して認知度の高い疾患とは言えませんが、このような啓発活動によって患者さんにCOPDという疾患を知っていただき、気になる症状があればかかりつけの医療機関を受診していただくことをお勧めします。

そして、自院では治療が困難な場合には患者さんを当院にご紹介いただき、より専門性の高い最先端の医療をご提供することが地域医療の貢献にもつながっています。

三重県の呼吸器センターから日本の呼吸器センターへ

当センターは現在、三重県の南部地域を中心に、三重県内でも屈指の呼吸器センターとして評価をいただいていますが、私にはこのような体制を日本全国にも構築したいという夢があります。

たとえば、名古屋や東京に当院のサテライトを開設し、肺癌の遺伝子診断の結果を短期間で逸早くお伝えできる、そして当センターで最先端の治療を受けていただく、という構想です。

まだ、実現化の予定はありませんが、決して夢物語ではありません。

COPDに伴う症状に人参養栄湯が有用

どのような疾患にも、既存の治療薬では満たされないアンメットニーズがあります。たとえば、検査所見は改善してもQOLの低下につながるような症状が残ることがありますが、漢方薬はそのようなときに用いることができると思います。

たとえば、非結核性抗酸菌症の治療には抗菌薬が有効ですが、一方で消耗性疾患でもあるので食欲は低下し、徐々に痩せが進行するという側面を有しています。

COPDも同様です。患者さんは徐々に疲弊して活動量も低下し痩せてきます。気管支拡張薬による治療で、たとえ息切れ症状が改善してもそれだけでは治療は不十分で、さらにプラスαの効果を有する薬剤によって患者さんの食欲を増進し、活動性・筋力を向上させることが必要となります。そのようなときに有用な漢方薬が人参養栄湯です。食欲が低下し、活動量も低下傾向にある患者さんに人参養栄湯を服用していただくと、食欲は改善し、活動量の増加から筋力の向上も期待できます。

私は、COPDの患者さんから食欲が低下してきた、疲れを感じる、息切れがひどくなってきた、活動性が低下してきた、というような訴えがあったらその時点から人参養栄湯の併用を開始しています。実際に人参養栄湯の服用を継続していただくと、“確かに良い”と実感できる患者さんを多く経験しています。

ただし、疾患が進行してやせ細った状態になった患者さんには人参養栄湯に限らず、どのような薬剤による治療を試みても患者さんの状態を改善させることは困難です。

呼吸器疾患の多くは消耗性疾患ですが、私は他の薬剤では対応できない部分に対するサポーティブケアとして人参養栄湯を含めて漢方薬を用いることが多くあります。

患者さんは消耗してくると、原疾患の治療そのものが難しくなってきます。しかし、人参養栄湯などの漢方薬を服用することによって消耗の進行を少しでも抑制できると、原疾患の予後も改善します。

アンメットニーズに広く漢方を活用

漢方薬は“エビデンスがない”と言われることが多いですが、COPD患者さんの食欲不振や筋力低下に対する人参養栄湯の効果をエビデンスとしてまとめようとすることにあまり意味はないように思います。

患者さんの状態が比較的良好な状態のときから、わずかなサインを見逃さずに適切に漢方薬の使用を開始することで、患者さんが元気に過ごしていただくということの方がより患者さんの治療に有効な漢方薬の使い方のように思います。

呼吸器疾患に限らずどれだけ医療が進歩しても、アンメットニーズは必ず現れると思います。そのような部分の治療に漢方薬を用いて西洋医学的な治療を補っていくというような治療が、これからの医療の発展にも大きく貢献するのではないかと思います。